タクミの帰宅塾

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【第2話】『嫌われる勇気』まとめ 全ての悩みは対人関係に繋がる

どうもこんにちは。

タクミです。

 

前回に引き続き

『嫌われる勇気』

の内容を分かりやすくまとめていきます。

 

【嫌われる勇気(自己啓発の源流「アドラー」の教え)】

 

 

 

第一話はこちらになります。

www.takumiate.com

 

第二話は、

 

(主に)「全ての悩みは対人関係」という考え方

 

に焦点が絞られております。 

 

登場人物は変わらずこの3人。

 

 

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(左から) 
アドラー顔の哲人 ②青年 ③タクミ

 

 

〜 前回までのあらすじ 〜

 

過去に何があろうと、今後の人生をどう生きるかについては

何の影響もないという哲人の言葉に動揺した青年は、

一度自宅に帰り、色々考えてみた。

原因論・トラウマの否定

 

・・・が、哲人の詭弁(きべん)であるという結論に達した青年は

リベンジを誓い、1週間後に再び哲人の家を訪れる。

 

では参ります!

 


 

 


青年が自分自身を嫌う目的について 

 

 

先生!やっぱり納得いきません!目的論など詭弁で、人間は過去があって今の自分を形成しているのです。間違いありません!

 

 

具体的には、どこに納得いかないのでしょうか?

 

 

全てに目的があるとすれば、僕が僕自身を嫌いな理由は何なのでしょうか?
(そばかす・童顔・モテない自分を好きになれるわけがない!)

 

 

自分を嫌ったところで、得るものは何もない。

そのため目的論は詭弁であると主張する青年。

 

なぜ青年は、自分の短所ばかりに目が向き

自己評価が著しく低くなるのか?

 

哲人はこう説明します。

 

 

あなたは、自分自身を好きにならないでおこうと決心している。
その目的は、「他者との関係で傷つかないこと」ではありませんか?

 

 

・・・・・・・・・(図星)。 

 

 

分かりやすい例として、哲人は

赤面症で悩んでいた女学生の例を挙げた。

 

 

【 女学生の特徴 】

  • 赤面症で悩んでいる
  • 好きな男性がいる
  • 赤面症が治ったら、男性に告白したいと考えている

 

 

ほぉほぉ、確かに女学生が意中の男性に告白するのであれば、赤面症を治さなければならない。 

 

哲人は、その考えに疑問を投げかけます。

 

 

女学生は、本当は赤面症を必要としているのではないか?
もし赤面症が治ったら、私だって・・・と、可能性の中に生きているのではないか?

 

 

赤面症があるおかげで、現在の自分に納得することができる。

ここで安易に赤面症を治したら、かえって立ち直りが遅くなる

と哲人は説明します。

 

アドラー心理学では、こういったケースの場合、

自分を受け入れる勇気・一歩踏み出す勇気が重要だと考えます。

(「勇気づけ」というアプローチ)

 

結局、この女学生は男性から付き合って欲しいと告白され、

その後、哲人の元を訪れることはありませんでした。

 

赤面症が治ったかどうかは分かりません。

・・・が、一つ確かなことがあります。

 

 

(治ったかどうかではなく)女学生は赤面症を必要としなくなった 

 

 

そして哲人は、こんな説明をしてくれました。

 

 

全ての悩みは、「対人関係の悩みである」 

 

 

さて、どう意味なのでしょうか?

 


内面の悩みは存在しないという考え方

 

どんな悩みも、他者の影が介在している問題

 

悩みは全て対人関係だと?これこそ暴論!人間はもっと深い哲学的な悩みを持って生きているんだ!

 

 

明確に否定します。

 

 

哲人はこう付け加えます。

 

 

悩みを消し去るには、宇宙の中にただ一人で生きるしかない。
どんな悩みも、他者の影が介在している。

 

 

孤独を感じるとしたら、それは一人でいるからではない。

他者や社会、共同体から疎外されていると感じるからこその
孤独であると、哲人は青年に説明します。

 

 

孤独を感じるにも、他者を必要とする。

 

 

対人関係について、考察を深めるためにも

劣等感の存在についても考えてみましょう。

 

劣等感とは、自らの価値判断の問題

 

アドラー心理学では、

劣等感と劣等コンプレックスは別物と考えます。

 

 

そもそも劣等感とは一体なんなのか?

 

ふっふっふっ。(自称)劣等感の固まりの僕に対して愚問ですね。自分には生きている価値すらないと感じて、毎日のように自分を責めてますよ。幸せそうな友人を見るたびに妬みや焦燥・・・

 

 

劣等感とは、自らへの価値判断に関わる言葉である!(食い気味)

 

 

例えば、哲人の身体的な特徴で考えてみると

 

 

私の身長は155cm。アドラーも同じような身長でした。

 

 

身長が低いという哲人の悩みに対して、

当時の友人はこう一笑したと言います。

 

 

大きくなってどうする?身長が低いというのは、相手をリラックスさせる才能があるということなんだぜ?

 

 

そこで哲人は気がつきました。

 

確かに大柄であれば、相手を無意識の内に威圧してしまう可能性もある。

身長が低いことは、むしろ相手にとって好ましいことかもしれない。

価値観の転換

 

身長が低いことは、何かが欠けていたり、

劣っていたりするわけではなかったという事実。

劣等性の否定

 

一言でいうと、こうなります。

 

 

劣等感とは、極めて主観的な解釈(思い込み)に基づく問題である

 

 

(ちなみに劣等感という言葉を、現在で使われているような文脈で

使用したのは、アドラーが最初と言われています。)

 

ここで重要なポイントは、

主観的な解釈は選択可能という事実。

 

 

劣等感に対して、長所と見るのか短所と見るのか自分次第!

 

 

そして、
「劣等感とは価値に関する問題」

というのは、こう説明できます。

 

例えば、

1000円札に与えられた価値は、人間同士の共通感覚であっても

客観としての事実はない。

印刷物としての原価は、1000円に満たない

 

他に誰も存在しない世界であれば・・・

 

 

紙幣はただの紙切れ同然である!

 

 

誰も存在しないのであれば、お金の問題で悩むこともなければ、

身長のことで悩むこともなくなります。

 

哲人はこうまとめます。

 

つまり、劣等感(価値の解釈問題)も、最終的に全て対人関係に繫がっていく

 

 

劣等感と劣等コンプレックスの違い

 

劣等感の反対の意味で、「優越性の追求」 という言葉があります。

 

【優越性の追求】

向上したいと願うこと。

理想の状態を追求すること。

無力な状態から脱却したいという普遍的な欲求。

 

アドラー心理学では、劣等感と優越性の追求は、

次のような考え方で捉えます。

 

 

健康で正常な努力と成長への刺激である

 

 

要は、使い方さえ間違えなければ、

努力や成長の促進剤であると考えられるということです。

 

 

劣等感はバネにして成長できる!

 

 

そんなこと言われても、どうせ自分なんて・・・。

 

 

それは劣等感ではなく、劣等コンプレックスと言えます。

 

 

アドラー心理学では、

劣等感と劣等コンプレックスは明確に区別して考えます。

 

 

  • 劣等感努力や成長を促す可能性があるもの
    (自らの主観的・価値判断に基づく正常な感情)

  • 劣等コンプレックス努力や成長を妨げる存在
    (劣等感を、行動しない言い訳に使い始めた状態)

 

 

「身長が低いから恋人ができない」

 

「学歴が低いから成功できない」

 

こういった、「AだからBができない」という考えに陥った状態を

劣等コンプレックスと呼びます。

 

 

いや、僕も学歴がもっと高ければ、社会において認められ成功・・・

 

 

それは違います。

 

 

青年の主張は「見かけの因果律」という考えに当てはまり、

本来は因果関係が発生しないのに、あたかも重大な因果関係が

あるかのように自らを納得させてしまっている状態と言えます。

錯覚・認知バイアスの一種

 

 

青年の主張は、フロイトの「原因論」となっている!

 

 

確かに学歴が高い方が、有利な場面も多くなり

人脈に恵まれる可能性が高くなるかもしれません。

 

が、だから成功できないという考え方は問題があると

哲人は指摘します。

 

 

大事なのは、そうした現実にどう立ち向かうかを考えること

 

 

こういった「原因論」の根底にある問題は、

結局、今のままの自分でいた方が楽。

 

成功できないのではなく、成功したくないという

考えに基づく意思決定である所と言えます。

  


優越コンプレックス 「自慢する人は劣等感を感じている」問題

 

学歴コンプレックスについて、もう少し掘り下げて考えてみます。

 

 

実際問題、僕は学歴が低いから成功できていないのである!

 

 

これは言い換えると

 

学歴さえ高ければ、自分は大きく成功できるのである!

 

という理屈に繋がります。

 

これは 劣等コンプレックスの持つ、もう一つの側面と言えます。

 (最近でいう、一種のマウンティングとも考えられます。)

 

哲人は、劣等感について、こう指摘します。

 

 

人は劣等感を長く持ち続けることに耐えられない。

 

 

劣等感とは、

自分に何かしらの欠如を(自分自身で)感じている状態。

 

解決するには、次の二択が考えられます。

 

① 努力や行動により、自分自身の成長を通じて解決

健全な劣等感の克服方法

 

② 努力を放棄して、言い訳に走る

劣等コンプレックス

 

 

さらに、劣等コンプレックスから、もう一つの特殊な心理状態に

繋がるケースも考えられます。

 

 

優越コンプレックス

 

 

・・・優越コンプレックス?

 

 

要は、強い劣等感に苦しみながら、努力や成長といった

健全な手段による補填する勇気が持てない

 

 さらに、

「AだからBができない」といった劣等コンプレックスも我慢できない。

 

すると人は、あたかも自分が優れているように振る舞い、

偽りの優越感に浸るようになります。

 

例えば、著名人や権力者と懇意であることを

やたらアピールする人間。

 

また、経歴詐称や過度なブランド信仰に陥る人間。

 

これらも優越コンプレックスと言えます。

(根底には、強烈な劣等感が潜んでいる)

 

一言で説明すると、こういこうことです。

 

 

自慢をする人間は、劣等感を感じているに過ぎない

 

 

そして、自慢の中でも少し複雑なものが

もう一つあります。

 

それは、

 

 

不幸自慢!(異性受けが最悪と悪評高い)

 

 

不幸自慢をする人間は、

不幸により「特別」 であろうとし、

人の上に立とうとする傾向があります

 

いわば腫れものの状態を演出し、

他人に大事に扱ってもらおうとする現象が起きます。

 

 哲人はこうまとめます。

 

 

自らの不幸を「特別」であるための武器として使用する限り、永遠に不幸を必要とすることになるであろう。

 


『嫌われる勇気』 第二話 全ての悩みは対人関係に繋がる  まとめ

 

今回の記事のポイントはこちら。

 

  •  人間の悩みは、全て人間関係の悩みと言える

  •  劣等感は、自分次第で解釈を変えられる

  •  劣等感と劣等コンプレックスは別物
     (健全な努力で克服するか、言い訳にするのか)

  •  劣等感と優越性の追求は、健全な感情や行動
     
  •  劣等コンプレックスは、優越コンプレックスに変化する場合がある
     
  •  自慢をする人間は、根底に強い劣等感を感じている

 

 

しかし、青年は今回の話を受けて、こんな疑問を哲人にぶつけました。

 

 

優越性の追求を認めることは、競争を是認するということ?

 

 

その話は、(文字数の関係で

次回、第3話にすることにいたします(笑)

 

ではまた更新します。

そんじゃ、またね!

 

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